浮々草

某大学生の雑記。

そういえば、就活の結果報告

ブログを忘れていて遅くなりましたが、就活終わりました。

わざわざ言わなくてもよいとは思ったけど、このブログを訪れた人に筆者は就活失敗して人生が破滅していくんだろうなどと思われるのを避けたかったので書きます。(まず単純に癪である。また、私と似た精神性の人が記事を見つけて読んで「自分も就活全敗するに違いない」と暗い気分になることを防ぎたかった。)

 

ありがたいことに、第一志望にもらえました。それ以外はどこにも貰えませんでした。

建前や嘘ができないので*1、いつも志望度が相手方に露見していたのかもしれない。とにもかくにも第一志望に採ってもらえてよかった。本当に。

 

それにしても、案外雇われないものだと思った。私は自分をそこそこ有能だと思っていた。大学3年では望むでもなくバイトやサークルで人の上に立つことが増えた。組織内のとりまとめも外部との付き合いもした。じっさい、会社にもおおよそ頭脳と弁舌と事務処理能力は評価されていたと思う。最終面接まで進むのは難しくなかった。*2

しかし最終が通らない。第一志望か問われてハイと答えても通らない。面接の日程を動かしてもらったことは一度もないのに、御社に内定をいただけたら他社は全て降ります(受けている会社と選考状況は全て正直に話していた)と言っているのに、落ちる。

 

私は幸運にも内定を一ついただけたけれど、友人には、優秀で人柄が面白く人望もあり、採らない理由がないような人物なのに、目標が高いとはいえ全部落ちてしまった人が少なくなくいて、話を知るたび驚く。

就活は向き不向きがあって、向いてる人でない人は舐めていると本当にどこにも貰えないのだと思う。私は舐めているつもりはなかったが、今は内定を取れたので評論家目線でこんな記事を書けているが、無内定と紙一重だった。

 

就活を通じて得た非常に重要な学びは、就職不安・雇用不安は社会を脅かすということだ。選考が終盤の5月下旬から6月上旬にかけて、持ち駒がみるみる減ってゆきどこにも就職できないのではないかという考えが強まったとき、自分でも予想していなかったほど反社会的になった(私は一人暮らしをしており悩みを打ち明けられる人がいなかった。もっとも、家族と同居していてもこれを相談できるかは人によると思う。)。良いところに何個も内定を取っていく学生たちよりも優秀な私を拒絶するこの社会は間違っていると思った。暴力革命さえ願った。

冗談でも何でもなく本当に下の画像のような状態になった。私はいわゆる名門校に所属してきており、プライドも高く、個人的な人間関係において反目や拒絶を経験したことはあっても社会的に承認されていないと感じたことはなかった。就活で立て続けに祈られると社会に人格や人生を否定されたように感じられ、失恋や部活での挫折とは質の異なる疎外感・無力感・劣等感・自己否定感を味わった。それは自らの心で受け止めるにはあまりに突然かつ大きすぎ、社会への反発へ転化していった。

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フランスで極右やISが流行るのも道理だと思った。若者は人生を諦めるには目が輝きすぎている。だから若年層の絶望は個人の自殺などでなく社会への反逆へうねっていく。日本には、特に年配の方に、もう経済成長なんてしなくていいじゃないと言う人がいるけど、そんなのありえない。雇用を保ち個人の経済基盤と社会的自己承認を担保する手段が経済成長しかないなら(今の世界ではおそらく他の手段はない)、絶対にそれは実現されないといけない。さもなくば先進国の生活に安住しているつもりのあなたは寝首を掻かれることになる。

*1:こう書くと自分の正直な人間性を誇っているようかもしれないが、まったくそんなことはない。そのようなスキルは、大人として実際上必要であるうえ、それができることが礼儀として肯定的に評価される場面は多いと思っている。私も早く、必要に応じてできるようになりたい(あくまで「必要に応じて」ではある。素直であり正直であることは基本的には好きである。)。

*2:各業界で最も志望度が高かったところは全て進出した。逆に、それ以外の会社は前回の記事で書いたところを除いてすべて最終の前で落とされた。